R-magazine-vol8

page19 L A W E R 金塊密輸事件の弁護を受けて 1 今回は当職が弁護人を務めていた事件を題材に刑事事件についてです。 詳細は5月17日付読売新聞オンライン記事をご覧ください。 2 この事件は令和5年12月の金塊密輸事件であり、日本人密輸組織が韓国貿易会社に依頼し て金塊の密輸を企てた事件です。 その方法は、①貿易会社従業員Aが知人の韓国人Bに対して、釜山税関内で通関手続きを経 た金塊30キロを交付するとともに、②Bに釜山で下関行のフェリーに乗船してもらいフェリー 内の日本人Cに金塊を渡してもらい、③Cはフェリー内の自動車内に金塊を隠して下関税関で申 告せずに下関港外で待っていたDに金塊を交付する、というものでしたが、Cが下関で下船した 直後に逮捕され、引き続きBも逮捕された、というものです。 Bは、下関でパチンコを楽しんで一泊してからフェリーで帰国する予定でした。当職はBの 弁護人を務めていました。 3 Bの弁解は、金塊をAから受け取りCに渡したことは認めるが、それはAの指示に従ったも のに過ぎず、Aが釜山港税関で申告しておりCも下関港税関で申告をすると思っていたというも のです。 Bは密輸に関与したのは今回が初めてのタクシー運転手であり、手数料も僅か10万円でした。 4 裁判所判決は有罪判決であり、その理由は以下の通りです。 すなわち、金塊を受領してフェリー内の面識のない日本人に交付することを依頼されて引き 受けることは不自然である、金塊交付後に金塊を入れていたケースおよび釜山税関で交付された 金塊に添付されていた書類をフェリーの舷側から海に投棄したことは証拠隠滅である、として、 Bに密輸の故意があった、としました。 確かに、そのような依頼を受けたならば躊躇するのが一般的とは言えますが、Bは知人であるA が密輸に関与しているとは夢想だにしなかったものであり、知人Aの依頼であるし、釜山港税関 で金塊の申告はされており、Cも下関港税関で申告するものとBは考えていました。 ケースおよび書類の海中投棄はCに金塊を交付した後にAからメールで指示されたものであ って、Bとしては、単に要らないから捨てるように指示されたとのだと思ったに過ぎません。 5 「疑わしきは被告人の利益に」という刑事裁判の大原則があります。有罪の証明責任は検察 官にあり、真偽が不明な場合には無罪とする、という原則です。 確かに、Bは軽率との謗りは免れませんが、Bの弁解も虚偽と排斥できるものではなく、故 意(Cが密輸することを知っていた)が証明されたとは言いがたいのではないでしょうか。 6 思うに、裁判所は、民事刑事を問わず、合理的な言動をしなかった者には否定的な判断をす る傾向にあることに加えて、仮に本件でBを無罪とするならば、今後、密輸事件で同様の弁解が なされる危険性を考慮したのではないかと思います。 本件では、検察官の懲役2年の求刑に対して、懲役1年6ケ月執行猶予3年の判決でした。 通常、執行猶予を付ける場合には求刑通りになりますが、本件では2年を1年6ケ月に短縮 し、さらに、裁判官は通常の故意ではなく、未必の故意(もしかしたならばCは密輸するかもし れない)と認定したのは、裁判官もBの弁解を考慮したためではないかと思います。 以上 公認会計士・弁護士 加藤哲夫 談 考慮され認定された「未必の故意」

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